逆さ事・豆知識

【逆さ事】
『死』という通常とは違う事態に対処するため、昔からの人々はさまざまな工夫をして、死者を生きている人の領域から切り離そうと考えていました。いつもとは逆のことをする“逆さ事”のような習慣が今でも残っている地域があるのはご存知でしょうか。豆知識として少しご紹介いたします。
《北枕》
北枕とは、故人の頭が北向きになるように寝かせることを言います。
お釈迦様が亡くなられた際、頭を北の方角へ向けていたことが由来です。
友達の家や修学旅行など、いつもとは違う部屋に泊まった時「北はどっち?」と誰かが聞いて、北枕にならないようにした記憶はありませんか?
《故人の着物は左前で着せる》
納棺する前に亡くなった人に着せる衣装のことを死装束と言います。
生きている人が着物を着る際は右前ですが、死装束は左前で着せます。
ただ生前に愛用していた着物を着る場合、左前で着せると柄が合わなくなってしまうことがあります。柄を優先するか慣習を優先するか悩むところですが、遺族がどのように送ってあげたいかという視点で考えてみてはいかがでしょうか。
また、『この世に留まることなく真っすぐあの世へ行けるように』と願いを込めて、死装束は縫い目の糸止めがされていないのが特徴です。
《死装束の紐を縦に結ぶ》
紐は、日常生活でよく使われる蝶結びや真結びではなく、縦結びにします。
縦結びは、結んだ紐の先が根元の紐と垂直になる結び方です。
《屏風を逆さに立てる》
逆さ屏風といい、故人の枕元に屏風を逆さまに立てかける風習が残っています。
屏風の絵柄が天地逆になるようにします。
《逆さ水》
通常適温に調節する場合はお湯に水を注ぎますが、その逆の工程をふみ、水にお湯を注いで調節することを逆さ水と言います。湯灌(ゆかん)で故人の体を洗う際に使われます。

死を生者の領域から隔絶させるための演出というべきもので、それが『逆さ事』という形であらわされました。現在のお通夜が夜に執り行われる傾向にあるのは、あの世とは昼夜が逆転しているため、向こうの世界が明るい時間帯に送り出そうという考えがあったことが由来だそうです。
逆さ事は宗教的な儀式ではないため、必ずしも行わなければならないことはありませんし、地域によって風習は違います。家族で話し合ってどこまでを行うかを決めておくとよいでしょう。


【迷信や言い伝え】
昔は、病気やケガで簡単に命を落としてしまう時代でした。そのため災いを少しでも避けたいという願いを込めて、縁起を担いだり、日常とは違う行動をするなどの慣習が生まれたのです。
科学の発達した現代では、迷信・俗信を気にしないという人も多くなりましたが、それでも良くないことが起こったときには、「ああ、やっぱり……」と思ってしまうのが人の心です。古くからの言い伝えには、どんな根拠があるのでしょうか。
《友引に葬儀をしてはいけない》
普段の生活ではあまり意識することのない暦『六曜(ろくよう)』ですが、冠婚葬祭になると、なんとなく気になってしまうという人も多いでしょう。『六曜』は『六耀』『六輝(ろっき)』などとも言われ、もともとは中国の三国時代の軍師として有名な諸葛孔明が発案したものといわれています(真偽は不明)。
六曜は1カ月を5等分して6つに分けられていますが、中国から伝わった鎌倉時代からは呼び名も意味も変わり、現代では『先勝』『友引』『先負』『仏滅』『大安』『赤口』の6つの名称があります。(現在、官公庁をはじめとする公共機関が作成するカレンダーには『六曜』が入っていません。無用な混乱を避けるためとのこと。)
『仏滅』『友引』と聞くと、いかにも仏教と関係がありそうな言葉のように感じますが、明治初期までは『物滅(物を失わないように気をつける日)』『共引(引き分けの日)』の字が使われていたとか。
このように六曜は、仏教とはもちろん、死とも全く関係ありませんので、友引に葬儀を行うと『死者がさみしがって友を連れていってしまう』という言い伝えはあくまで迷信にすぎません。
現実は運営上の関係で友引を休みとする火葬場も多く、葬儀を行うところは少ないようです。その場合、友引の日に通夜は行われますが、『友前(ともまえ)』『引前(びきまえ)』といわれる友引前日の通夜は行えません。
ただ『ゲン担ぎ』として、今でも六曜は冠婚葬祭で用いられていることも事実。『お祝い事は良い日を選びたい』という気持ちも大事にしたいですね。
《火葬場から帰るときは違うルートを通る》
火葬場から帰るときは、行きと違うルートを通るほうがいいという言い伝えがあります。また、葬儀式場から出棺する際に棺をぐるぐる回すという地域もあるようです。いずれも死者の方向感覚をなくして戻ってこないようにするためという迷信です。
出棺のときに死者の茶碗を割る、家から送り出すときに簡単な門(仮門)を作ってそこから出す、棺に釘を打つなど、『死者が戻ってきたらどうしよう』という不安、そして『死者が迷わずあの世へ行けるように』という意味を含んだ迷信は、この他にも多数あります。
《着物を左前で合わせて着るのは縁起が悪い》
死者に着せる着物は左側の襟から衽(おくみ)部分を肌に密着させ、右側を上に重ねて着用するからです。
これは先ほどの『逆さ事』からきている習慣ですね。
《妊婦が葬儀に参列すると子どもに災いがおこる》
妊婦が葬儀に参列すると、故人が赤ちゃんを連れていってしまうとか、子どもに災難がふりかかるなどの言い伝えがありますが、これは妊婦に対する配慮からきたと考えられます。
昔の葬儀といえば、女性は裏方として炊事などをこなさなければならず、大変な苦労があったことでしょう。妊婦だと当然母体に負担がかかりますので、周りの人の気遣いからこのような迷信が伝えられたのかもしれません。しかし、現代の葬儀では、葬儀社がほとんど手配してくれるため、女性の負担は随分と軽くなってきています。冷暖房完備、椅子席もあるホールが多いですから、昔と違って負担を強いられることはありません(妊娠初期でつわりがひどいとき、自宅での安静が必要と診断されている場合などは、参列を控えます)。
地域によっては『妊婦はお腹に鏡を入れておくべき』という言い伝えもあります。良くないこと、悪い霊を跳ね返すという意味があるそうです。
《箸の作法》
『三途の川への橋渡しをする』という意味で、二人一組となって骨を拾う習慣があることから、箸から箸へ食べ物を渡すことは死を連想させる行為として避けられています。
箸の歴史は、神仏へのお供え物を運ぶ道具として始まったとされています。『かみ箸』『移り箸』『叩き箸』など箸の使い方に決まりごとが多いのは、箸に特別な意味を持たせているからと考えられます。
弔事を連想させる箸の使い方としては、故人のために準備する一膳飯に箸をまっすぐに立てる『立て箸』も広く知られています。
《夜に爪を切ってはいけない》
『夜爪(よづめ)』は、『世詰め(よづめ)』と語呂が同じで短命をイメージするので避けるべきという説があります。また、昔は月あかりなどを頼りに爪を切っていたことで事故につながり、感染症のリスクが高まることから夜に爪を切るべきではないともいわれたようです。
《同年齢のものが死んだとき耳をふさぐ》
葬式の場というわけではありませんが、故人が同じ年だったときには、餅や団子をつくり、それで耳をふさいで祈りを唱えるという慣習があります。同じ年のものは同じことをしていることが多いので死霊がつきやすいという理由で、特に子どもが亡くなったときの厄払いのようです。

地域によっては、その土地ならではの迷信・俗信,言い伝えがあるでしょう。過度に恐れる必要はありませんが、先人が残したメッセージの意味を理解すると、弔いに対する心構えが少し変わってくるかもしれません。


【豆知識】
国や宗教によってもさまざまな違いがある葬式。日本の中でも地域によってさまざまな慣習があります。そして、葬式にまつわることには全て意味があります。そんな葬式の豆知識をいくつかご案内しましょう。
《香典》
香典の本来の意味は、香りを沿える、お香を薫じて添えるということでした。そのお香を買うためのお金として金銭を包んだことが由来といわれています。
《ローソク》
火を点けるためのものと思われていますが、元々はローソクではなく灯明を使用していました。灯明は祭壇を飾るための灯りで、仏の知恵を表すと同時に魔を払うことができると信じられていました。灯明でなくローソクになった今も、その意味が込められています。
《湯灌》
納棺前に故人の身体を清める儀式を湯灌(ゆかん)といいます。遺体を入浴させて死化粧を施します。近年では入浴ではなく清拭(せいしき)も増えてきています。腐敗が進んだ遺体を保護するため、といった衛生上の理由もありますが、故人の悩みや煩悩を洗い流し、旅支度を整え、無事に成仏するよう願いを込める儀式です。
《死装束の色》
納棺されるときに、故人に着せる白を基調とした装束が死装束です。この装束は元々、仏教において巡礼ないし修行する僧侶の装束でした。故人が浄土へ旅立つ、または善光寺などへ巡礼に行く、という願いを込めてこの白い巡礼装束を着せるようになったのです。ちなみに、死出の旅を説かない浄土真宗に死装束はないそうです。
《喪服の色》
黒は喪に服すという意味合いがありますが、死神が誰だかわからないように黒い服を着るという説もあります。